縄文時代から稲作がおこなわれ続ける、福岡県みやま市(旧:山門郡)。邪馬台国 卑弥呼伝説が残されていて、詩人 北原白秋も「山門の歌」の中に「山門は邪馬台の国」と表現しているほどです。みやまの地から日本の稲作が始まり、そのお米を女王 卑弥呼が食べていたのかと思うと心が奮います。14,000年前から現代まで稲作を継承されてきた地元生産者は、5年10年すると半分以下になる可能性が大きく担い手O問題に直面します。リタイアする生産者が安心して田んぼを任せてもらえるような体制を作り、地元みやま市の農業を微力ながら背負っていければと思っています。
古代、筑後平野を自然のままに網に目のごとく流れ、あちこちに沼地や潟地が存在していました。何百年の年月が経つにつれ山から土が流れ堆積し、山の土を敷きならしてみやま市を大地が誕生しました。みやま市の土壌は、山々の力が生きており、山の恵み、山の栄養をたくさん吸収した、豊かな肥沃な土壌です。セロリ、なす、ブルーベリー、マンゴーなど多義にわたりいろんな種類の農産物が栽培され、生産者からは農作物はなんでも作りやすく、なんでも栽培できると言われています。山々の肥沃な土壌を敷きならした。山の力が生きてる土壌が、みやまのお米を育む基となっています。
近年、塩を利用して育てられた、塩トマトや塩みかんなどがあります。一度食べられたこともあるかと思いますが、甘味が強く美味しさが際立っているものが多いと思います。みやま市は、東京の青果市場で日本一の値段が付くほど美味しいみかん(山川みかん)の産地で、それも山の土壌と有明海の潮風などが大きく影響していると考えられています。みやま市のお米の美味しさも同じで有明海の潮風がみやまの米の美味しさをさらに美味しくさせています。(ちなみに、美味しくするために田んぼの中に塩20kgを入れて育てる生産者もいるくらいです。)